0021/04/13

医療ITは医療崩壊を防げるか

日本で最近頻繁に報道される、救急隊の患者受け入れ要請に対する医療機関の受け入れ拒否ですが、マスコミはたらい回しと呼んで批判しています。

何十分も照会を続けた結果、○○病院にベッドの空きが見つかり、収容されたと報道されれば、最初から○○病院に搬送すれば良いと思われるかもしれません。そして医療ITを活用して、ネットワークで空きベッド情報を共有すれば最初からその病院に搬送できるのではないか、これこそ医療ITの威力を発揮すべきところと思われるかもしれません。

残念ながらそうはなりそうにはありません。

実際には、現場の医療機関に受け入れる余力が全くないのです。実態は、受け入れ拒否ではなく受け入れ不能なのです。○○病院に元々あったベッドの空きが見つかったのではなく、○○病院で救急病床で治療されていた患者が容態が安定したため通常病床に転床したか、あるいは不幸にして死亡したために、救急病床に空きができたのが真相でしょう。

これでは、せっかくリアルタイムの空床情報システムを作っても、何十分も照会を続ける代わりに、コンピュータの画面と同じ時間だけにらめっこするだけに終る可能性が強いのです。

また、空床状況を更新するために、限られた病院の救急スタッフの労力が取られ、救急措置に支障が出ては、本末転倒です。

一般の会社でも、IT化はしたものの、かえって業務が煩雑化、硬直化し、言われたほどの質と効率の向上にならないということを経験した方がいらっしゃるかもしれません。

ぎりぎりの人数で阿吽の呼吸で回している現場に、無理やりIT化を進めてみても、かえって質と効率の低下を招くことが多いのです。

日本の病院の勤務医の労働実態は労働基準法が有名無実化するほど酷いものです。ここにさらに医療ITの導入による質と効率の向上を求めるのは、データ入力とその確認のオーバーヘッドを考えると非現実的だと思います。

医療ITによる医療の質と効率の向上を掲げている諸外国では、医療スタッフは日本では想像がつかないほど交代制、分業制が進んでおり、人員配置も手厚くなっています。その中での意志疎通を明確化し、エラーを防ぐという点では、ITによるコミュニケーションの改善は非常に大きな力となります。

一方、日本では、医師・看護婦の過剰労働を交代制、分業制により解消していく際に、現在の質と効率を落とさないために医療ITを活用するという逆の発想でいく必要があるのではないかと考えます。

現在日本の医療は、世界的に見て奇跡的といえるほどの低コストで、世界一の健康水準を達成しています。ここには、自分の生活を犠牲にしてまで医療に尽くしている医師、看護師をはじめとする医療スタッフに支えられている面が大きいのです。このような個人犠牲に頼ったシステムは到底持続可能ではなく、早晩大幅な見直しを強いられるに違いありません。

その解決策として、現場の医療スタッフ個人個人の負担を軽減すべく、交代制、分業制を進めていくと、阿吽の呼吸には頼ってはいられなくなります。それを医療ITで埋め合わせするのは非常に困難な課題であり、世界にも例を見ない大プロジェクトになるかと思います。

その際には、IT機材の導入だけでなく、ITに関る事務スタッフだけでなく、ITに関る医療スタッフの増員も必要となります。ITの有効運用には業務知識を持った人的リソースの拡充が不可欠なのです。

このような前提を無視したあたかもITを導入すれば低コストで全てが解決するというような安易な論調には、はたして現場の現状を踏まえた議論なのか、注意が必要だと思います。