0021/10/12

お手本と雲形定規

「医療のIT化が医療の質と安全を向上させる」というキャッチフレーズを聞いて、最適の医療プロセスをプログラミングされたコンピュータが、資料従事者の一挙手一投足を指示し、その指示の通りに治療をこなしていくという、いわゆる医療従事者が機械に使われるイメージを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。

これは、昔の精密制御に使われたコンピュータのイメージのせいだと思います。30年以上前に世間を驚かせたスターウォーズの特撮はコンピュータでシャッターを含む全ての動作を制御するモーション・コントロール・カメラを使用することで何重にもフィルム合成を可能にしたことで実現していましたが、このように与えられたお手本を忠実になぞるように、プログラムされた仕事を何万回も文字通り寸分も狂いもなくひとつの手順も誤ることなく繰り返すオートメーション式の医療を思い浮かべてしまうのでしょう。

しかし、最近の特撮ではコンピュータ・グラフィックスによる合成が当たり前になっているように、最近の医療ITのテーマとしては、現実の医療をいかにコンピュータ上、ネットワーク上に再現するかが大きな課題となっているのです。さらに最近のコンピュータ・グラフィックスが単に実写を忠実に再現するだけでなく、実写では再現できない世界を、実写以上の臨場感で表現することを目指しているように、医療ITも、コンピュータやネットワークなしでは実現できなかったような医療をも実現しようとしています。ゲノム医療はその最たる例でしょう。

そこで問題となってくるのが、コンピュータ・グラフィックスと同じく、医療の世界をどのようにモデル化するかです。それも、ただ忠実になぞるためのお手本ではなく、必要に応じて自在に曲線を引ける雲形定規のようなシステムが望まれるのです。

0021/08/11

経済対策としての医療IT

依然世界経済の見通しは不透明ながら、少し前までのマスコミの悲愴な報道姿勢から、打って変わって、回復の兆しが見られる、最悪の時期は脱したという、楽観的な論調が出てきているようです。

しかし、日本のバブル崩壊をリアルタイムで経験した世代としては、これは要注意という気がしてなりません。日本もアメリカも、新たに多額の借金を背負ってまで、巨大な経済刺激策を実施した後となっては、これが効果があって欲しいとみんなが信じたがっているのが今の状況だと思います。

回復の兆しと言われているものも、これまでバブルを支えてきた産業の落ち込みを公金をつぎ込んでやっと支えているものに過ぎません。住宅価格も自動車販売もいつまでも支えられるものではないでしょう。

この時間稼ぎの間に、バブルではない本当に次の時代の経済を支えていく柱が出てこなければなりません。世界的にITや環境技術が、次の柱だと目されているようです。また、経済の混乱に伴う社会不安の解消のために、セーフティーネットの強化をはじめとする福祉の充実も叫ばれています。

とすると、医療ITにも、焦点が当たるのは自然な成りゆきだと思います。

こういうと、ITに限らず、医療福祉は富を生む産業ではないので、そこに投資しても経済成長は生まないという反論があると思います。

これまで医療分野でITが大々的に使われてこなかったのは、医療分野の特異性や人の命に関わる重大性に対して、これまでのITがいささか力不足であったことは否めません。また、特に日本では専門のIT要員を配置できないこともあって、ただでさえ不足している現場の医療スタッフの手を煩らわせられなかったということもあると思います。

しかし、本来は、医療はITの非常に高度な応用の求められる分野です。また脳医学などには直接ITの発展に寄与する可能性の高い要素が少なくありません。

したがって医療自体が経済成長を生まなくとも(もっとも日本の場合は国力に比して医療費が安く、その抑止政策の見直しだけでも経済効果は大きいと言われますが)そこで磨かれたIT技術からのスピンオフとして、新たな産業が生まれてくることに期待できるのではないでしょうか。

ただ、そのためには、単に現行の医療システムをIT化するのではなく、ITを利用することで可能となるあるべき医療の姿を前提とした、システムの変革や政策が必要不可欠となるでしょう。

0021/06/28

新型インフルエンザと医療IT

日本における新型インフルエンザの騒動は、WHOのパンデミック宣言以降、逆に沈静化してしまったように見えます。

それまでは、これまで存在しなかったウィルスであるとして、感染の可能性のある例については、全例PCR検査を行ったうえでその結果が公表され、さらに陽性と判定されれば感染経路の把握に努めていたのに対し、基本的に季節性インフルエンザと同等の対処ということで、すでにPCR検査も感染経路の把握も全例には行われなくなってきていることとも関係していると思います。

しかし、今回はたまたま毒性がそれほど強くなかったのでよかったのですが、今後ウィルスが変異して強毒化することや、そもそも恐れられていた鳥インフルエンザがヒト=ヒト感染を起こす可能性がなくなったわけではないことには注意が必要です。

そう考えると、今回の新型インフルエンザの蔓延は、今後のパンデミックを予測する上で貴重な情報を与えてくれるはずです。その情報収集及び分析に当たっては、当然医療ITの果たす役割も小さくありません。

今回、米国が鳥インフルエンザのパンデミックに備えて整備していた医療ITを活用した観測網が、どれだけ実際に役に立ったかは、今後の研究発表を待たねばなりませんが、日本では、季節性インフルエンザの観測網と情報網が今回の新型インフルエンザの動向把握にどれだけ役に立ったかを検証する必要があるでしょう。

問題は、このような観測網は、ことが起こってから整備することは不可能なので、平時から通常診療に自然に組み込まれている必要があることです。

また発生後の分析では、発生が認識される前の記録では、その事態が意識されないで記録されていますから、そこから発生が認識される前の時点のデータから有用な情報を抽出することを可能とするには、情報の記録方法に工夫が必要です。

電子カルテの普及においては、このような観点も考慮する必要があると思います。

0021/04/13

医療ITは医療崩壊を防げるか

日本で最近頻繁に報道される、救急隊の患者受け入れ要請に対する医療機関の受け入れ拒否ですが、マスコミはたらい回しと呼んで批判しています。

何十分も照会を続けた結果、○○病院にベッドの空きが見つかり、収容されたと報道されれば、最初から○○病院に搬送すれば良いと思われるかもしれません。そして医療ITを活用して、ネットワークで空きベッド情報を共有すれば最初からその病院に搬送できるのではないか、これこそ医療ITの威力を発揮すべきところと思われるかもしれません。

残念ながらそうはなりそうにはありません。

実際には、現場の医療機関に受け入れる余力が全くないのです。実態は、受け入れ拒否ではなく受け入れ不能なのです。○○病院に元々あったベッドの空きが見つかったのではなく、○○病院で救急病床で治療されていた患者が容態が安定したため通常病床に転床したか、あるいは不幸にして死亡したために、救急病床に空きができたのが真相でしょう。

これでは、せっかくリアルタイムの空床情報システムを作っても、何十分も照会を続ける代わりに、コンピュータの画面と同じ時間だけにらめっこするだけに終る可能性が強いのです。

また、空床状況を更新するために、限られた病院の救急スタッフの労力が取られ、救急措置に支障が出ては、本末転倒です。

一般の会社でも、IT化はしたものの、かえって業務が煩雑化、硬直化し、言われたほどの質と効率の向上にならないということを経験した方がいらっしゃるかもしれません。

ぎりぎりの人数で阿吽の呼吸で回している現場に、無理やりIT化を進めてみても、かえって質と効率の低下を招くことが多いのです。

日本の病院の勤務医の労働実態は労働基準法が有名無実化するほど酷いものです。ここにさらに医療ITの導入による質と効率の向上を求めるのは、データ入力とその確認のオーバーヘッドを考えると非現実的だと思います。

医療ITによる医療の質と効率の向上を掲げている諸外国では、医療スタッフは日本では想像がつかないほど交代制、分業制が進んでおり、人員配置も手厚くなっています。その中での意志疎通を明確化し、エラーを防ぐという点では、ITによるコミュニケーションの改善は非常に大きな力となります。

一方、日本では、医師・看護婦の過剰労働を交代制、分業制により解消していく際に、現在の質と効率を落とさないために医療ITを活用するという逆の発想でいく必要があるのではないかと考えます。

現在日本の医療は、世界的に見て奇跡的といえるほどの低コストで、世界一の健康水準を達成しています。ここには、自分の生活を犠牲にしてまで医療に尽くしている医師、看護師をはじめとする医療スタッフに支えられている面が大きいのです。このような個人犠牲に頼ったシステムは到底持続可能ではなく、早晩大幅な見直しを強いられるに違いありません。

その解決策として、現場の医療スタッフ個人個人の負担を軽減すべく、交代制、分業制を進めていくと、阿吽の呼吸には頼ってはいられなくなります。それを医療ITで埋め合わせするのは非常に困難な課題であり、世界にも例を見ない大プロジェクトになるかと思います。

その際には、IT機材の導入だけでなく、ITに関る事務スタッフだけでなく、ITに関る医療スタッフの増員も必要となります。ITの有効運用には業務知識を持った人的リソースの拡充が不可欠なのです。

このような前提を無視したあたかもITを導入すれば低コストで全てが解決するというような安易な論調には、はたして現場の現状を踏まえた議論なのか、注意が必要だと思います。

0021/01/01

今年は2010年に向けての正念場の年

10年前、2000年問題への対応におおよそ見通しが立った後、世界のeヘルスケア政策の関心は、21世紀の医療を支える情報インフラをどう整備するかに移りました。

競うように各国がeヘルスケアの10年計画を立てた結果、巨額の投資を伴う大規模な開発計画を立てて推進した国、eガバメント(電子政府)の計画に織り込んで着実な進歩を選んだ国それぞれですが、来年2010年にはそれらの計画の多くが目標期限を迎えます。

したがって、今年2009年は、各国のeヘルスケア整備計画の最後の追い込みの年となり、いろいろな成果物が世に問われることとなります。

一方、昨年、サブプライム危機が引き鉄となった世界経済の大混乱は、eヘルスケア政策にも影響を与えざるを得ません。成果の上がっていない大規模開発については見直しの要因となる可能性が高いですが、大義名分を得やすいeヘルスケアへの投資や条件整備が経済刺激策の目玉として取り上げられることも考えられると思います。

また、ITビジネスの動向においては、Google Healthのように、Webによるサービス提供がついに医療分野まで及ぶようになりました。今年は、現今の経済状況から、安定したサービス需要が見込める医療分野へのITビジネス企業の参入が相次ぐことが考えられます。

まとめますと、今年2009年は、
  • 2010年を目標とした世界中のeヘルスケア計画からの成果物が世に問われる
  • 経済刺激策としてのeヘルスケア投資、環境整備が各国で行われる可能性がある
  • 安定したサービス需要が見込める医療分野へのITビジネス企業の参入が予想される
ため、eヘルスケアの動向から目が離せない年となりそうです。